ミッドサマー(Midsommer)を観た

青く澄み渡る空、どこまでも広がる青々とした緑と咲き乱れる鮮やかな花々。スウェーデンの奥地にあるホルガ村へやってきたダニーたちを待っていたのは、一日中太陽が沈まない「白夜」の明るさと、親切な村人たちによる夏至の祝祭だった。しかし、その輝かしい光の下で執り行われていたのは、常識も倫理も一切通じない狂気の儀式だった——。

アリ・アスター監督による「明るい部屋で起きるホラー」の金字塔『ミッドサマー』(2019年)を鑑賞した。幽霊や悪霊、呪いといった心霊的な恐怖演出(ジャンプスケア)は一切なし。画面は常に陽光で眩しいほど明るいにもかかわらず、人間の狂気と逃げ場のない心理的圧迫感、そしてエグい肉体破壊によってジワジワと精神を削られていく最高の「ヒトコワ・カルトスリラー」だった。

昼ドラ並みの人間関係の冷え込みと、狂気の「共感」カタルシス

家族の凄惨な心中事故という深いトラウマを抱えた主人公ダニーと、彼女を疎ましく思いつつも別れきれずにいる不誠実な彼氏クリスチャン。二人の冷めきった気まずい関係性が、異様な村の祝祭の中でさらに歪められていく人間ドラマのドロドロ感がたまらない。

特に印象的だったのは、狂気の村人たちが提示する「究極の共感」だ。過呼吸で泣き叫ぶダニーの傍らで、村の女性たちが彼女の悲鳴や痛みを完璧に「模倣(シンクロ)」して一緒に叫ぶシーンがある。家族を失って以来、誰にも本当の孤独を分かってもらえなかったダニーが、この狂気の共同体の中で初めて「本当の受け入れ」を感じる瞬間だ。

ラスト、熊の皮を着せられて黄色い神殿で燃え盛る彼氏クリスチャンを見つめながら、ダニーの悲しみの表情が徐々に「満面の笑み」へと変わっていく。トラウマからの解放と、最悪な形での「新しい家族」への救済。見る人によってはハッピーエンドとも受け取れてしまう後味の残し方が本当に秀逸だった。

思わず突っ込んだカルトの欺瞞と二重基準(ダブルスタンダード)

一方で、カルト集団ならではの勝手で身勝手なロジックには思わずツッコミを入れたくなった。

クライマックス、神殿で生きたまま燃やされる村人(ウルフとイングマール)に、幹部は「痛みを消す聖なるハーブだ」と言って薬を飲ませていた。しかし、実際に火が燃え移ると「ギャーッ!」と絶叫しまくっていて、思わず「全然薬効いてないじゃん!」と草が生えた。どんなに「死は自然の循環だ」と美しい信仰で飾り立てても、肉体の苦しみからは逃げられないという監督の皮肉な暴露が見事だ。

また、「崇高な神への生贄なら村人だけでやるのが一番筋が通っているのでは?」と思うのだが、遺伝子採集(種馬)として外部の男を利用し、用済みになれば罪をなすりつけて生贄の数合わせにするあたり、完全にカルトの都合良すぎる欺瞞が透けて見えて味わい深かった。

【小ネタ・伏線】劇中に散りばめられた秘密と考察

この映画は、画面の端々に「未来の出来事」が徹底的に描き込まれていることでも有名だ。知っておくと見返した時にゾッとする小ネタをまとめてみた。

  • 1. 冒頭のタペストリーで全ネタバレ 映画冒頭に映る横長の絵画は、左から右へ読むことで「悲しい事件」から「スウェーデンへの旅立ち」、そして「結末の熊の皮」まで物語のすべてが順番に予告されている。
  • 2. ダニーの部屋にある「熊と少女」の絵 序盤のダニーの部屋に飾られている実在の絵画『かわいそうな小熊』。王冠をかぶった少女が巨大な熊にキスをしている構図で、まさに「メイ・クイーンとなったダニー」と「熊の皮を着たクリスチャン」の結末そのもの。
  • 3. 少女マヤの部屋にあった「惚れ薬」の刺繍 マヤの部屋に飾られたイラスト刺繍には「陰毛をパイに混ぜる」「経血をドリンクに混ぜる」という儀式の手順が描かれており、後半クリスチャンが知らずにそれを口にさせられる伏線になっている。
  • 4. 優秀すぎるスカウトマン「ペレ」の計算高さ ダニーを誘い入れた友人ペレ。彼は最初からダニーの深いトラウマと不誠実な彼氏との関係を見抜き、「カルトに一番洗脳しやすい状態」の彼女をターゲットとして狙い撃ちしていた。ラストで村から栄誉の冠を贈られていることからも、彼の冷酷なスカウトマンとしての優秀さが伺える。(※「両親を火災で亡くした」という彼の手記は、ダニーを油断させる嘘か、あるいは90年周期とは別の犠牲の可能性が高い)
  • 5. 森林の木々に浮かぶ「妹の顔」 ダニーがメイ・クイーンに選ばれて輿に乗って練り歩く歓喜のシーン。背景の緑豊かな森林の木々の配置をよく見ると、口にチューブを巻いて亡くなった妹の顔が巨大な騙し絵のように浮かび上がっている。

総評:史上最も眩しく、胸糞悪い「失恋と救済」の映画

ただグロい・恐ろしいだけでなく、「依存していた恋人と別れ、自分を心から肯定してくれるコミュニティ(ただしカルト)に包まれる」という、いびつな爽快感が残るのが『ミッドサマー』の真骨頂だ。

太陽が降り注ぐ美しい花畑の中で繰り広げられる地獄絵図。鑑賞後のあの「晴れやかで恐ろしい」不思議な余韻は、間違いなく一度味わったら忘れられない名作(怪作)だった。

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